卒業生・講師からのメッセージ

卒業生

菊地 成孔 Sound Producer / Sax Player[サックス科卒業]

思いっきりジャズにかぶれてみればあるとき必ず答えは出ます

菊地 成孔 サックスを始めたのはいつ頃ですか?

実はこれが、メーザーに入ってからなんですよ(笑)。僕の家は歓楽街にある料理屋だったんで、周りにはいつもムード歌謡が流れていて、中学生の頃はジャズ喫茶に入り浸ってコルトレーン、ロリンズ、マイルスなんかを聴きまくってましたけど、自分がサックス奏者になるとは夢にも思ってなかったですね(笑)。メーザーに入ったきっかけは、大学受験に失敗してどうしようかと考えていたときに、たまたま音楽学校がオープンするっていう広告を目にして"これだ!"と。でも楽器を持ってなかったんですよ(笑)。それで、中学〜高校でファゴットの経験があったからサックスならできそうだと思って、兄貴にお金を借りてセルマーのテナーを買い、その足で学校の初授業に出たんです。買ったばかりの楽器をビニール袋から出してね(笑)。それがサックスを初めて吹いた日です。

メーザーの授業で印象深かったことは何ですか?

サックスを伊東たけしさん、沢井原兒さん、アンサンブルを橋本一子さん、佐藤允彦さんといったスター先生に教わったことですね。あと、音楽理論の井上博さん、副科のピアノの越智健二さんのことはいまだに恩師だと思ってます。鍵盤を学ばないと理論を学べないっていうのを越智さんから教わって、コードネームを覚えて初めてジャズをブロッキングで弾いたときには"音楽ってこんなに面白いのか!"と感激しました。

プロとして仕事をするようになったきっかけは?

初仕事は21歳のとき、メーザーの紹介でもらいました。フィフス・ディメンションっていうアメリカのバンドが横須賀の米軍基地にツアーで来たんですけど、サックスに欠員が出て急遽"おまえ行け"と言われて(笑)。拘束時間が長いわりにはギャラが安かったんですが、初めて演奏で手にしたお金は光り輝いて見えましたね。その後は人の紹介とかで、わりと自然発生的にライヴのサポートやホーン・アレンジの話が来るようになりました。橋本一子さんのバンドで吹かせてもらったのがきっかけで山下洋輔さんのグルーブに入ったりとか。僕がメーザーを卒業した1986年はバブルの絶頂期で、とにかく雇用があってバック・バンドの仕事には事欠かなかったんですよ。より本格的なビジネスになっていったのは、1993年に音楽事務所に入ってからです。

音楽家という職業のどこに魅力を感じていますか?

音楽家にとどまらず、表現者には表現者にしか味わえない喜びがあると思うんです。自分の表現が人を介して昇華されると思うと、アドレナリンが出るんですよね。音楽は芸術の中でも特別で、古代ギリシアの時代から宇宙に一番近いと言われてますが、僕自身も音楽が一番強いと実感してます。だからやってます(笑)。

では、音楽を仕事にするには何が必要でしょう?

僕は時代の風潮にうまいこと乗っかって来てしまったんで、あまりえらそうなことは言えませんが、時代や景気の波を超えて、結局は運と才能でしょうね。僕が苦労せずに仕事を得られる時代に生きてこられたというのも、いわば運でしょうから(笑)。スキルはそれこそメーザーで身につけられますけど、運と才能は生まれ持ったもの。それを見極めるのも大切だと思います。

菊地成孔 過去にはジャズ以外のジャンルにも挑んでいますが、ジャズは菊地さんにとってどのようなものですか?

音楽を好きになる理由は人を好きになる理由と似ていて、あるいはそれを超えていて、まったく理由がわからずそれに一生をささげるものなんですよね。僕は、はばかることなく、モダン・ジャズが世界で一番クールでカッコいい音楽だと思ってます。小さい頃からいろんな音楽を聴いてきて、なかには魅力的なものもあったけど、身体の芯から震えて、これがあったおかげで生きてるんだっていう自分の存在意義を確かめられてしまうほどすさまじいものを感じたのは、モダン・ジャズだけなんです。それはもう宗教と一緒で、信じちゃってるから、理屈じゃないんですよね。

ジャズ・シーンは今後どうなっていくと思いますか?

ジャズがクラシックのようにアーカイブに入ったと言われて久しいですよね。ジャズは死んだと言う人もいます。もちろん良い時代、悪い時代はあって、これからも突発的にヒットが出たりするかもしれませんが、でも長いスパンで見れば何も変わってないんですよ。ずっとあるものだし、死ぬことはない。ただ、ひとつはっきりしてるのは、ジャズは60年代のピーク以降ぜんぜん儲かってないということ(笑)。だから、もし巨大な目的を掲げるならば、マイルスがそうしたように、ロックンロールによってジャズが失ってしまった土地をレコンキスタ(再征服)するっていう。それを諦めて、ジャズ村の中で楽しくやっていこうということであれば、ジャズ界はなんの問題もありません(笑)。

なるほど。そこで菊地さんが目指すものとは?

僕のミッションはエッジだと思ってるんです。癒しとして業界内を芳醇に過不足なく回していくんじゃなくて、沈滞しているところに接触して刺激する。よしんばうまくいかなくても、騒ぎになればいいっていう。若くてエッジでいられる限りはそうありたいですね。

最後に、これからジャズの世界を目指す人たちにメッセージをお願いします。

先に言ったとおり、僕はジャズメンを目指してメーザーに行ったわけじゃないんですが、結果的にこうなっていて、今はもうこれしかないと思ってます。意志というのは自分が向いてないことに対して向かっていくこともあれば、向いていることに対して抗うこともあるんですよね。だからこれが正解だという前提で進むのではなく、結果が違う場合もありえるということを念頭に置きながら、思いっきりジャズにかぶれてください。そうすれば、あるとき必ず答えは出ますから。

プロフィール

1963年、千葉県出身。多彩なアーティストのバック・バンドを経験したのち、デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン、スパンクハッピーなどでジャズとダンス・ミュージックの境界を往還する活動を展開。近年は菊地成孔ダブ・セクステット、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールを主宰して野心的なジャズ・サウンドを追求する一方、文筆家としても活躍している。

ニューヨーク・ ヘルソニック・バレエ 花と水 ダブ・オービッツ
ニューヨーク・ ヘルソニック・バレエ/菊地成孔とぺぺ・トルメント・ アスカラール 花と水/菊地成孔 南博 ダブ・オービッツ/菊地成孔ダブ・セクステット

国府 弘子 Pianist / Composer[ピアノ科卒業]

授業はプロのミュージシャンに 必要な要素が満載でした。

国府 弘子 国立音大ピアノ科を卒業後、ニューヨークでのジャズ修行を経て、メーザーに入学した国府さん。きっかけは、とあるステージで共演した主幹講師の佐藤允彦氏から言われた「古くさいスタイルを真似てないで、自分の音楽を作りなさいよ」という温かくも厳しい言葉だった。最初は「“ヤバイな、わけわからん”って感じ(笑)」だった授業は、今振り返ると、“臨機応変のセッション能力”“メロディとコードのナアナアではない創造的な関係”等々、プロのミュージシャンに必要な要素が満載だったとか。「プロフェッショナルのピアノ弾きとして“金かえせ!”と言わせないだけの音楽的集中力をもらえたのは佐藤クラスのおかげ」と言う。生徒として3年通ったのち、ピアノ科の講師としても約15年務めた国府さん。彼女はこんなアドバイスをくれた。「カラオケやデジタル機材の発達で万人が簡単にミュージシャンになれちゃう今の時代こそ、お手軽な音楽で終わらず、根性いれてじっくり深みにはまってみたら? メーザー・ハウスにはそれがありますよ」

プロフィール

ピアニスト/作曲家。メーザー・ハウス主幹講師 佐藤允彦氏の紹介でビクターの専属アーティストとなり87年アルバム・デビュー。以後、1年に1枚のペースでアルバムをリリース。オリジナル曲の温かく親しいやすいメロディ・メーカーぶりと、楽しく飽きさせないステージングで独特の「ヒロコワールド」を全国で展開。海外での演奏も多く、ジャンルを超えた数々の一流アーティストとのコラボレーションを積極的に重ねている。
http://kokubuhiroko.net/

WinterSelection New York Uncovered WELCOME HOME-BEST&MORE
WinterSelection New York
Uncovered
WELCOME HOME-BEST&MORE

大槻"KALTA"英宣 Drummer / Sound Creator[ドラムス科卒業]

今の時代は、音楽を複合的に知ることが重要です

大槻 KALTA 英宣 トップアーティストのサウンドクリエイトをはじめ、ドラマーとして積極的にライヴ活動を続ける大槻さんがメーザーを選んだのは、「現役のアーティストたちから複合的に音楽を学べたから」だという。「単一の音楽スタイルだけを追求して一流になるのはほんの一握り。稀有な才能と努力を両立した人だけです。ではそうじゃない人に音楽をやる価値がないか?というとそんなことはない。特に今はマルチなスキルが求められる時代だから、プロになるには複合的に音楽を知って、柔軟で幅広いセンスと技術を身につけることが大切。そのためにはラクをせずに時間をかける必要がある。向上心を失わず、やめずに続けていく心さえあれば、決して何も難しいことはないですから。『音楽が好きだ』という以上は、近道せずに自分の頭で考えて工夫したり、自分の嗜好にないような音にも触れてみる。メーザーはまさにそうしたチャンスをたくさん得られるベストな環境です」

プロフィール

3歳からエレクトーン、7歳からクラシックピアノ、10歳からドラムを習い始める。メーザー在学中よりプロドラマーとして活動するようになり、ドラマーとしてUA、小沼ようすけ、太田剣、Akikoなど数々のアーティストのライヴ、レコーディングをサポート。また、島谷ひとみ、郷ひろみなど、さまざまなアーティストの楽曲制作において作曲、編曲からサウンドクリエイトを担当するなど、その活動はドラマーのみにとどまらない。自身のグループ『Vertical-Engine』でも活動中。

WinterSelection New York Uncovered
VERTICAL- ENGINE/大槻"KALTA"英宣 DVD 大人の楽器生活・ ジャズドラムの嗜み

藤井 摂 Drummer[ドラムス科卒業]

音楽をトータルで高めようという姿勢が大事

藤井 摂 ジャズ好きの父親の影響を受けたのをきっかけに音楽の道を進んだドラマーの藤井さん。練習環境とカリキュラムの良さに惹かれてメーザーに入学。在学時は技術面以外にも読譜、音楽理論をしっかりと身につける一方、いかにリラックスして演奏するかも学んだ。現在、数多くのセッションを重ねるたびにそんな当時の経験が生かされていると感じている。「良質な音楽を生み出すためには精神力、集中力、協調性、柔軟性が必要。それに自分自身をよく知り、信じること、共演者へのリスペクトを忘れないこと。音楽は調和ですから」とさらなる目標に向けチャレンジを続けている。

プロフィール

10年間に及ぶ在米活動を経て帰国。現在はトリアングロ、マリーン、森山良子、谷口英治、中路英明ロス・マエストロス、井上信平、赤木りえ、井上ゆかり、Masayo、大渕博光…など、国内外の数多くのアーティストのライブ、コンサート、レコーディングで活躍中。ラテン系ビートに造詣が深く、どんな音楽においても独特の品格を醸し出す。

Living Jazz'n Out ONE NOTE SAMBA
Living/森山良 Jazz'n Out/マリーン meets 本田雅人 B.B.Station ONE NOTE SAMBA/谷口英治 meets トリアングロ

林 正樹 Pianist / Composer[ピアノ科卒業]

オンリーワンと思われる演奏家でありたい

林 正樹 「メーザーで学んでから、JAZZはこうでなければいけないという既成概念がなくなり、音楽は自由なものと思えるようになった」と林さんは説明する。同世代の仲間と楽しみながら腕を磨いた以外にも、「講師陣からはいつも予想をはるかに上回る答えが返ってきて、目から鱗の時間でした。それに実は今でも作曲、アレンジの際には、たまに教科書を読み返したりしますね」と打ち明ける。「音楽家としてどうすればいいのかを実践的に学べるのがメーザーの魅力です。JAZZは会話です。皆さんも楽しむことを忘れずに、いろんな経験をして自分の声(音)を見つけてください」

プロフィール

1978年東京生まれ。佐藤允彦、国府弘子らに 師事し、ピアノ、作編曲を学ぶ。自作曲を中心に演奏するソロピアノでの活動の他、「Salle Gaveau」「菊地成孔とペペトルメントアスカラール」などの数多くのバンドに在籍中。2008年4月にEWEよりピアノソロアルバム『Flight for the 21st』をリリース。

Flight for the 21st New York Hell Sonic Ballet Jamzz#3 West
Flight for the 21st/林正樹 New York Hell Sonic Ballet/菊地成孔とペペトルメントアスカラール Jamzz#3 West / Rock / Woods

西嶋 徹 Basist[ベース科卒業]

自分が音楽そのものになることを目指す

西嶋 徹 「大学を出てからでも遅くない」——自身も大学卒業後にメーザーの門をたたいた西嶋さん。入学動機は、「有名アーティストが名を連ねる講師陣が大きな魅力のひとつだった」と語る。実際に在学時には講師陣から「本で読んでもわからないものを感じ取ることができた」と刺激を受けた。プロへの道が少し開けたような気がしてワクワクした授業初日の感覚はその夢が実現した今でも胸に刻み込まれている。「JAZZは人と深い部分で通じ合える音楽。普段から自分が音楽そのものになることを目指して演奏しています。そして今、こうしていろんなアーティストと仕事ができるのが僕の幸せです」

プロフィール

1973年東京生まれ。5才よりヴァイオリンを始め、高校の頃よりエレキベースを始める。大学を卒業後コントラバスに転向する。Su、Nervio、west/rock/ woods、「森」cuatrocientos、といった様々なジャンル、スタイルのグループに参加している。これまでサポートしたアーティストはJazztronik、須永辰緒、小松亮太、葉加瀬太郎、小野リサ、綾戸智恵、木住野佳子など。

BEST Jamzz#3 West AMBITIOUS
BEST/中島美嘉 Jamzz#3 West / Rock / Woods AMBITIOUS/森

小菅けいこ Vocalist[ヴォーカル科卒業]

JAZZは自由な世界共通語、正直に謙虚に音楽と向き合って

西嶋 徹 充実した講師陣と実践的なレッスンを求めてメーザーを選んだ小菅さん。リズムトレーニングをはじめ、JAZZヴォーカルの基本はすべてメーザーで吸収した。「仲間もできてそこから色々と広がっていきました。それに、『とにかく続けろ』と講師から言われたことがとても印象に残っています」と当時を振り返る。かつての自分と同じようにこれから夢を目指す人々には、「音楽を楽しむためにも練習は大事です、一回一回を大事に、そして音楽に正直に、謙虚に接してください。そうすれば道は開かれていくはずです。好きならば続けていける。がんばってください」と温かいエールを送る。

プロフィール

ジャズ・ヴォーカリスト。愛知県立芸術大学、同大学院でドイツ歌曲を中心に研究。その後上京し、メーザーハウスに入学。ジャズ・ヴォーカルを後藤芳子に師事。在学中の1993年にクラスメイトとヴォーカルグループ「BREEZE」を結成。現在、国内外のジャズクラブ、ジャズフェスティバル、コンサートなどで活動中。

MY FAVORITE THINGS
MY FAVORITE THINGS/BREEZE

講師

佐藤 允彦 [主幹講師]

今演奏している曲は今しかできない。

佐藤 允彦 ジャズはアメリカで生まれて一世紀とちょっと。今や世界の共通語です。
最小限何曲かのスタンダード・チューンのコード、それにブルースのちょっとした約束事を知っていれば、世界のどこに行ったとしても即座にセッションができる。そして終わったあとはみんな仲間になる。人種や年齢や社会的な地位などは関係なく、ファースト・ネームで呼び合う友人同士というわけですね。
なぜジャズのセッションだと短時間で親しくなれるのでしょう? それはジャズという音楽のもつ独特な形式、他の音楽にはない演奏法によるものなのです。そう、即興演奏。これです。
ジャズの即興演奏は独りで勝手にできるものではありません。例えて言えば即興演奏は君が作る料理で、料理は皿に盛ってから食べるわけですね。つまり、誰かが皿になってくれなければならない。あるいは君が誰かの即興演奏を乗せる皿になる。全員でひとつの皿を作り、同じ材料を使って互いに料理の腕を競う。注目を一身に集める即興演奏の主役をつとめたと思ったら次には他の人をバックアップする皿作りの役に回る。皿作りだって乗せる料理によって色も形も変える必要が生じるはず。こんな風に刻々変化する状況に機敏に対処しなければならない。その上、どの役目であっても対処法には大まかな答えしかありません。そりゃ当然ですよね。誰がどんな料理を出してくるかわからないのですから。
従って、一曲演奏している間のさまざまな行動を通して「あ、あいつはこういう奴なんだ」とお互いが見えてしまう、というスリルに満ちた音楽がジャズなのです。
皆で力を合わせて一曲を作り上げて行く。同じタイトルの曲であっても内容は全く違う。今演奏している曲は今しかできない。だから演奏し終わったときの充実感、達成感は、楽譜を正確に再現することで完了、という形式の音楽とは比べられないものがあるはずです。セッションを通じて連帯感が生まれるのは自然な成り行きだと言えます。なぜジャズが世界共通語になったか。もうおわかりですね。

ジャズ・ラボはその共通語スピーカーになるための第一歩を提供します。
ここでマスターした曲を手がかりに、セッション仲間を増やして新しいバンド活動を始める…思い切って世界中のセッションに出かける…
いろいろな可能性が見えてくることでしょう。

プロフィール

インターナショナル・アーティストであると同時に、日本音楽界の重鎮である。日本国内外で数多くのアルバムを発表し、国際的にも高い評価を得ている。作・編曲、音楽監督、さらに自己のプロデュースレーベルを創設するなど、多面化するその活躍で常に注目を集めるアーティストである。

ページの一番上へ